元横浜DeNAの高森勇旗氏が「俺たちの『戦力外通告』」(ウェッジ)を出版し、1月23日に野球殿堂博物館にて記念トークイベントを行った。同書は高森氏が戦力外通告を受けた25人の元プロ野球選手たちを取材し、同じ経験を持つ著者ならではの視線から戦力外通告をターニングポイントとした男の生きざま、そこから始まる第二の人生を綴ったもの。
イベントには同書に登場する石井琢朗氏(現ヤクルトコーチ)、G.G.佐藤氏(現、測量・地盤調査会社 株式会社トラバース)、佐野慈紀氏(講師・野球解説者)も登壇し、豪華な顔ぶれに80人満席の会場は沸いた。
高森氏は高校ドラフト4位で2006年に当時の横浜ベイスターズに入団。入団当初はトレーニングコーチから史上最低の身体能力との烙印を押され、3人のコーチから付きっきりで指導を受ける毎日だったが、2008年にはイースタン・リーグ史上最年少でサイクル安打を達成するほどの実力に。2009年に同リーグ最多安打を放ち、1軍でプロ初安打も記録するなど急激な成長で周囲を驚かせた。
とはいえ、1軍での試合出場が2試合でありながら私設応援会ができるほど人気を集めているのは、親近感の沸くファンサービスとマルチな才能を惜しみなく発揮する行動力が突出している故だろう。現役時代にファン感謝デーやイベントで笑いを独占していた、小笠原道大のフルスイングスーパースローやマウンドを掘り過ぎる木塚敦志のモノマネなどはウェブコンテンツとして発信されるほど。ファンとの交流イベントでは美空ひばりの「愛燦燦」を熱唱し涙する者さえいた。文才も多彩な才能のひとつで、戦力外通告をテーマに自身の体験を綴ったウェブ記事が1500万ページビュー越えの大爆発をし、執筆オファーが殺到したことをきっかけに、著書の出版に至った。
このイベントでは本書でも書かれている、プロ野球生活で受けた衝撃や戦力外通告を言い渡される場面などを登壇者が赤裸々に語った。キャッチャーで入団した高森氏はキャンプ初日の衝撃を振り返る。「黒羽根(利規・現日本ハム)さんがセカンドに投げたら、ショートを守っていた(同期の)梶谷隆幸がボールを手首に当てて捕れなかったんです。プロに入る選手が38メートル先から投げられるボールを(速すぎて)捕れないなんてありえない。次に投げたくなくて。もう無理だと思った」。
「ブルペンでは寺原(隼人)さんのスライダーに反応できず止めにいく格好すらできなくて、ボールが右の鎖骨に当たって鎖骨がバカって上がったんです。いまだに治ってなくてゴリゴリいう」とプロの洗礼を浴び自信喪失したことを思い返す。実はキャッチャーで入団したというG.G.佐藤氏も松坂大輔(現中日)のストレートを受けるのが怖く、スライダーは捕れなかったと告白。佐野氏も同期の野茂英雄のフォークの落差に度肝を抜かれたことや、先輩たちと毎日飲み歩いていたら、野茂から2時間も説教を受けたことなどを懐かしそうに語った。
一方、石井琢朗氏は合同自主トレで天文学的数字の本数のダッシュをやらされたが、キャンプインすると新人の外国人コーチがつき、「イージー、イージー」と練習量をぐっと減らされ余裕だったと語る。本場のトレーニングは「こんなもんでいいのか!と思ったが、その年ダントツの最下位。やっぱり練習量が必要だとわかった」と振り返り、会場の笑いを誘っていた。佐野氏は「練習すればするほどうまくなることを実体験して、それを伝えているからコーチとして大成功している」と石井氏を褒め称えた。
戦力外通告の話題になると会場の空気は一気に引き締まる。高森氏は高田繁ゼネラルマネージャーから戦力外を言い渡され、スーツ姿でグランドに出ると梶谷が走ってきたという。「カジと抱き合うとカジが泣いてたんで、『おまえが泣くな。俺の分まで1年でも長くやってくれ』と言った。今でもカジとは仲良くてアイツは酔っぱらうと必ず『あれで俺は絶対に1年でも長くやると決めたんだ』と言うんですよ」と同期との色濃い絆を滲ませた。
イベントの締めに引退後のセカンドキャリアについてG.G.佐藤氏が「星の数ほどボロボロになって辞めていく選手がいます。球団が青田買いして商品価値がなくなったらポイ捨てするような体質もどうかと思います」と訴えた。「野球だけやっていればいいという教育もおかしいと思うので、親御さんも子どもも安心してプロ野球を目指せるようにしなくては。引退後、違う方面で活躍することによって、野球界を盛り上げたい。年間120人が戦力外通告を受けるので、将来的にはその全員を採用できるだけの組織、企業をつくっていくのがわたしの夢です」と熱く語ると賛同の大きな拍手が沸いた。
現役時代に年俸が560万円だった高森氏は、現在コンサルタントのビジネスコーチングの仕事やスポーツライターとして活躍し充実したセカンドキャリアを送っている。「野球を辞めてからポルシェを買いに来た人は初めてだ。すごい」と現役時代から馴染みのディーラーに言われたそうだ。
本書のトリ、25人目に登場する元横浜の佐伯貴弘氏の言葉に「悲劇なのか、面白くするかは、自分次第」というものがある。高森氏をはじめ、登壇者や本書の登場人物に、戦力外通告という残酷な宣告を起点に新しい未来を切り開くたくましさを見せつけられた。プロ野球選手に限らず、やりがいや職を奪われたような人にも「未来への動機」という光を射す1冊、トークイベントであった。【山口愛愛】
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